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ざっき(いち)

雑記(Ⅰ)

寺田 寅彦

「中央公論」1922(大正11)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,568 字 · 33 页

青空文庫

品川から上野行は嘘のように空いていた。向い側に小間物を行商するらしい中年女が乗って、大きな荷物にもたれて断えず居眠りをしていた。浴衣の膝頭に指頭大の穴があいたのを丹念に繕ったのが眼についた。汚れた白足袋の拇指の破れも同じ物語を語っていた。

相場師か請負師とでもいったような男が二人、云い合わせたように同じ服装をして、同じ折かばんを膝の上に立てたり倒したりしながら大きな声で話していた。四万円とか、一万坪とか、青島とか、横須賀とかいう言葉が聞こえた時に私の頭にはどういうものかさっき見た総持寺の幻影がまた蘇って来た。

兵隊が二、三人鉄砲を持ってはいって来た。銃口にはめた真鍮の蓋のようなものを注意して見ているうちに、自分が中学生のとき、エンピール銃に鉛玉を込めて射的をやった事を想い出した。単純に射的をやる道具として見た時に鉄砲は気持のいいものである。しかしこれが人を殺すための道具だと思って見ると、白昼これを電車の中に持ち込んで、誰も咎める人のないのみならず、何の注意すらも牽かないのが不思議なようにも思われた。

結局絵は一枚も描かないで疲れ切って帰って来たのであった。