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おしゃく

雛妓

岡本 かの子

「日本評論」1939(昭和14)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,482 字 · 53 页

青空文庫

この問題をわたくしはチュウインガムのように心の歯で噛み挟み、ぎちゃぎちゃ毎日噛み進めて行った。

わたくしを後援する伯母と呼ぶ遠縁の婦人は、歌も詠まないわたくしの一年以上の無為な歳月を、もどかしくも亦、解せなかった。これは早く外遊さして刺戟するに如かないと考えた。伯母は、取って置きの財資を貢ぎ出して、追い立てるようにわたくしの一家を海外に送ることにした。この事が新聞に発表された。

いくつかの送別の手紙の中に、見知らぬ女名前の手紙があった。展くと稚拙な文字でこう書いてあった。

奥さま。かの子は、もうかの子でなくなっています。違った名前の平凡な一本の芸妓になっています。今度、奥さまが晴れの洋行をなさるに就き、奥さまのあのときのお情けに対してわたくしは何をお礼にお餞別しようかと考えました。わたくしは、泣く泣くお雛妓のときのあの懐かしい名前を奥さまにお返し申し、それとお情けを受けた歳の十六の若さを奥さまに差上げて、幾久しく奥さまのお若くてお仕事遊ばすようお祈りいたします。ただ一つ永久のお訣れに、わたくしがあのとき呼び得なかった心からのお願いを今、呼ばして頂き度うございます。