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おしゃく
雛妓
岡本 かの子
「日本評論」1939(昭和14)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,482 字 · 53 页
わたくしはむかし逸作がこの料亭での会食以前、美術学校の生徒時代に、彼の写生帳を見ると全頁悉くこの歪んだOの字の蓮の枯茎しか写生してないのを発見した。そしてわたくしは「あんたは懶けものなの」と訊いた。すると逸作は答えた。「違う。僕は人生が寂しくって、こんな楽書みたいなものの外、スケッチする張合いもないのです」わたくしは訊ね返した「おとうさんはどうしてらっしゃるの。おかあさんはどうしてらっしゃるの。そして、ごきょうだいは」逸作は答えた。「それを訊かないで下さい。よし、それ等があるとしたところで僕はやっぱり孤児の気持です」逸作はその孤児なる理由は話さなかったが、わたくしにはどうやら感じられた。「可哀そうな青年」
何に愕いてか、屋後の池の方で水鳥が、くゎ、くゎ、と鳴き叫び、やがて三四羽続けて水を蹴って立つ音が聞える。
わたくしは淋しい気持に両袖で胸を抱いて言った。
「今度こそ二人とも事実正銘の孤児になりましたのね」
「うん、なった。――だが」
ここでちょっと逸作は眼を俯けていたが何気なく言った。
「一郎だけは、二人がいなくなった後も孤児の気持にはさしたくないものだ」