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あめ
雨
織田 作之助
「海風 第四巻二号」1938(昭和13)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,421 字 · 60 页
見習弟子は薄ぼんやりで余り役に立たなかった。母親が死ぬと、他に女手のないところから、お君は早くから一人まえの女なみに家の中の用事をさせられたが、写本を注文先に届けるのにもしば/\使われた。まだ肩みあげのついたまゝの、裾下一寸五分も白い足が覗いている短い着物に、十八の成熟した体を包んでお君が上本町九丁目の軽部の下宿先に初めて写本を届けて来たとき、二十八の軽部は、その乱暴ないろ気に圧倒されて、思わず視線を外らし、自分の固定観念にしがみついた。女は出世のさまたげ。しかし、三度目にお君が稽古本を届けに来た時、軽部は、まちがいが無いか今ちょいと調べて見るからね、と座蒲団をすゝめてお君を坐らし、小声で稽古本を読み出し、………あとみおくりてまさおかが………ちら/\お君を盗見していたが、やがて声が妙に震えて来、生つばをぐっとのみこみ、………ながすなみだのみずこぼし………いきなりお君の白い手を掴んだ。
その時のことをお君は、「何かこう、眼の前がパッと明かうなったり、真ッ黒けになったりして、あんたの顔がこって牛の顔みたいに大きう見えたわ」と結婚後に軽部に話して、彼にいやな想いをさせたことがある。