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あめ
雨
織田 作之助
「海風 第四巻二号」1938(昭和13)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,421 字 · 60 页
軽部は体の小柄な割に、顔の道具立てが一つ/\大きく、眉毛が太く、眼は近眼鏡のうしろにギョロリと突出し、鼻の肉は分厚く鉤鼻であった。その大きな鼻の穴からパッパッとせわしく煙草のけむりを吹き出しながら、そのとき軽部は、このことは誰にも黙ってるんだよ、と髪の毛をなでつけているお君にくど/\と言いきかせた。それきり、お君は彼のところに来なかった。軽部は懊悩した。このことはきっと出世のさまたげになるだろうと彼は思った、ついでに、良心の苛責という言葉も頭に浮んだ。あの娘は妊娠するだろうか、しないだろうかと終日思い悩み、金助が訪ねて来やしないだろうかと恐れた。教育界の大問題、そんな見出しの新聞記事を想像するに及んで、胸の懊悩は極まった。だからいろ/\思い惑った揚句、今の内にお君と結婚すればよいという結論がやっと発見されたとき、ほっと救われたような気がした。何故もっと早くこのことに気がつかなかったのか、間抜けめと自分を罵ったが、しかし、結婚は少くとも校長級の娘とすることに決めていた筈であった。写本師風情の娘との結婚など、夢想だに価しなかったのである。僅にお君の美貌が彼を慰めた。