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ゆきのやどり

雪の宿り

神西 清

「文藝」河出書房、1946(昭和21)年3、4月合併号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,995 字 · 51 页

青空文庫

それ以来松王さまのお足も自然表むきには遠のいたのでございます。

わたくしとしましては只そのお心根がいじらしく、おん痛わしく、お頼みにまかせて文使いの役目を勤めておったのでございます。お目にかかる折々には、打融けられた磊落なお口つきで、「室町が火になったら、俺が真すぐ駈けつけてやるぞ。屈強な学僧づれを頼んで、文庫も燃させることではないぞ」などと、仰せになったものでございます。この御言葉だけでも、わたくしにはどれほど心づよく思われましたことか。のみならず夕暮どきなど、裏庭の築山のあたりからこっそり忍んで参られることもございました。そのような折節には、母親のひそかな計らいで、片時の御対面もあったようでございました。また時によっては、「文庫を燃させなんだらその褒美に、姫をさらって行くからそう思え」などと御冗談もございました。実を申せばわたくしは内心に、どれほどそうなれかしと望んだことで御座いましょう。渦を巻く猛火のなかを、白い被衣をかずかれた姫君が、鼠色の僧衣の逞しいお肩に乗せられて、御泉水のめぐりをめぐって彼方の闇にみるみるうちに消えてゆく、そのような夢ともつかぬ絵姿を心に描いては、風の吹き荒れる晩など樹立のざわめくお庭先の暗がりに、よく眺め入ったものでございました。