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ゆきのひ

雪の日

近松 秋江

「趣味」1910(明治43)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,365 字 · 17 页

青空文庫

「私、あの時分のように、もう一遍あなたの泣くのが見たい」

「俺はよく泣いたねえ。一度お前を横抱きにして、お前の顔の上にハラハラ涙を落して泣いたことがあったねえ、別れなければならない、と思ったから……」

「ええ」

こう言って、二人はいくらかその時分のことの追憶の興に促されたように、じっと互に顔を見合わした。

「俺はもう、あんなに泣けないよ」

「そうですとも、もう私をどうでもいいと思っているから」

「そうじゃない。もう何もそんなにしいて泣く必要がなくなったからじゃないか」

と、言ったが、私は女の言うとおりに、はたして女に対して熱愛が薄くなったために、二人のこれから先の関係について泣けそうになくなったのか、それとも歳月を経ている間に知らず識らず二人の仲がもうどうしても離すことのできない、たとえばランプとか飯茶碗とかいったような日常必須の所帯道具のように馴れっこになってしまったのかもしれぬ。私はそれがいずれとも分らなかった。

「お前先の人と別れた時には泣いたと言ったねえ」

「ええ、それゃ泣きましたさ」

「私ともし別れたって泣いてはくれまい」

「そりゃそうですとも。あなたと私とはもしそんなことがあればあなたが私を棄てるんだもの。