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ゆきま
雪間
久生 十蘭
「別冊文藝春秋 第五十六号」1957(昭和32)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,817 字 · 24 页
いまのところ、笠原の上機嫌を害ういかなるものもないふうで、グラスの底に澱んだ金緑のアブサントが、水を注ぐにつれて乳白色に変り、それが真珠母色に輝いてくるのを浮きうきとながめていた。
安芸子はグラスを眼の高さまであげ、切子を光らせるようにして酒の色を見てから、
「こんなところかしら。まア召しあがってみてちょうだい」
といって伊沢にグラスをよこした。
笠原は自分の番を待っているらしかったが、安芸子はそしらぬ顔で向きあう椅子に落着いてしまった。
「奥さん、おれのは」
「あなたは飲むと、すぐ居睡りするでしょう。もうすこし後になさるほうがいいわ」
笠原はひょうげた顔で伊沢の手もとを見ながら、
「そいつはわたしには麻薬のようなもので、とかく失態を演じさせます。アブサントというやつはたしかに曲者ですよ」
言訳をしながら酒瓶のほうへ手を伸しかけると、安芸子がツイととりあげてしまった。
「あなたはあなたのを持って来させればいいでしょう。仕掛けのあるのを」
「それはそうだが、伊沢さんの前で、なにもそんなところまで、さらけださなくとも」
照れたような顔で小間使を呼ぶと、自分の部屋へアブサントの瓶をとらせにやった。