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ゆきま
雪間
久生 十蘭
「別冊文藝春秋 第五十六号」1957(昭和32)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,817 字 · 24 页
富士屋ホテルに居りますが、こちらにいらっしゃるということで、ちょっとご挨拶に伺ったのでしたが」
「それはそれは、ようこそ……久しくなりますので、いちどお逢いしたいものだと思って居りました。家内も退屈しているふうだから喜ぶことでしょう……ともかくまあ」
そういうと笠原は先に立ってチョコチョコと歩きだした。植込みの間の道をまわりこんで行くと、テラスのむこうの奥まった玄関に小間使らしいのが出迎いに出ていた。
「奥さんは」
「お変りございません」
「二階の寝室に灯がついていた。ご機嫌はいいのか」
「ご食気がおありなさいませんようで、夕食はおさげになりました」
笠原は渋くうなずくと、伊沢に、
「どうも失礼……家内が引籠っておりましてね。たいしたこともないようなんだが、なにかとむずかしくて手に余ります」
そういうと、とってつけたような空笑いをしながら、食堂の脇間のような部屋に連れこんだ。
さり気ないふうに笑い流しているが、笠原の胸のなかにあるのは、そんな単純なことではないのだろう。笠原の顔は人のいい男につきものの感情が丸出しになる正直な顔なので、胡魔化そうにも胡魔化せない。