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ゆきま

雪間

久生 十蘭

「別冊文藝春秋 第五十六号」1957(昭和32)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,817 字 · 24 页

青空文庫

壁付灯のあかりで笠原の眼頭にキラリと光るものを見つけると、伊沢は思わず眼を逸らした。

怒っているのか、歎いているのか、なにか泣くほどのことがあるのらしい。自分に関係のあることではないが、こうして笠原と向きあっていることが急に重荷になってきた。

笠原忠兵衛は中東とアフリカで木綿を買っている近江財閥の一族で、家同士は三代前からの地縁のつづきだが、笠原その人と伊沢はこの四、五年来の交際で、年代からいえば、若草みどりといって、映画のスターだったこともある笠原の細君の安芸子や、安芸子とおなじ撮影所にいた滋野光雄のほうがもっと古い。

滋野とみどりは渋谷の松濤で同棲していた一時期があり、その後、映画と縁を切って笠原と結婚したが、相互の交通は公認されているふうで、麻布の邸などにも出入りし、仕事のないときは笠原のゴルフのお相手をしたりしていた。

「奥さんは、どういうご病気なんですか」

「それがね、半年ほど前から非常に疲れやすくなって、すこし長い話をしてもぐったりと疲れてしまう。結局はまア神経衰弱の強いやつなんでしょう。部屋を暗くしてベッドにいるのがいちばんいいらしいので、気づかうほどの病症でもないから、なるたけ寄りつかずに、そっとしてあります。