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きりのばんしゃ

霧の蕃社

中村 地平

「文学界」1939(昭和14)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,389 字 · 57 页

青空文庫

埃を吸った脚絆姿の旅びとや、リュックサックを背負った登山客や、皮革くさい軍隊やはその疲れた脚をこの高台で休めてゆくのが普通である。高台いっぱいに植っている桜の樹蔭には、そのために警察分署、旅館などの設けがあり、それを中心に小・公学校、蕃産品交易所、茶店などが小さな内地人部落を形づくっている。自ずと付近一帯に散在する蕃人部落を撫順するための、理蕃政策の中心地にもなっているというわけである。

この霧社では毎年秋の好日、高台の一隅に在る公学校で能高郡下小・公学校の連合運動会を催すしきたりになっている。

児童ばかりではなく、その父兄たち謂わば山間で警備や、教職についている人たちにとっても、最も楽しい年中行事の一つである。いったいに台湾の山地に住んでいるこれらの人たちは、たまさかの視察者や旅行者が訪ねてくる以外は、めったに内地人に会う機会もない。運動会はそういう人たちのために一種の懇親会の役割をはたしているのである。

今から約十年ばかり前昭和五年秋の十月二十七日。この年も毎年の例に従って、霧社公学校では連合運動会が催されることになった。能高郡下の辺りいったい、山間の峰や丘やに住んでいる警察官吏や、学校職員や、農耕指導者やは、家族づれで二人三人と、既に前日からこの高台めがけて参集してくるのも例年の通りであった。