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きりのばんしゃ
霧の蕃社
中村 地平
「文学界」1939(昭和14)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,389 字 · 57 页
そういう彼女の姿は邪気がないだけに、かえっていっそう哀れぶかいとも見えたが、しかしその心の移ろい方のはげしさは、さすがに同じい蕃人の兄の眼にさえ、浅ましいものに映るのであった。
「ああ、これが一度は大人の奥さんとまで言われたことのある妹か」
半ばの不憫さと、半ばの嫌厭と、複雑な感情でルーダオは妹の姿を眺め、暗澹としたため息をもらすのである。そして、そのあとでは、ふっと、内地人に対して耐えられない憤りの念が湧いてくる。
「妹が蕃人であるという、ただそれだけの理由で近藤は妹を捨てたのだ」
その上、妹の最初の結婚に就ては、ルーダオには特殊な、頭目としての責任が残っている。社の風習や、社人の暗黙の反対やを無視して、彼は妹を他種族にとつがせた。その妹がつまりは内地人にすてられ、結婚に失敗して山に戻ってきている。頭目として社の習俗に対して申しわけないと考えるのである。
テワスが再度の結婚を嬉々として楽しんでいるのに引きかえ、思慮ぶかい兄の心は常に鬱屈していた。自分たちに与えられた内地人の侮蔑に対して、言いようのない憤りを感ずるのである。この反感は実に永い間、彼の胸底にくすぶりつづけていた。