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きりのばんしゃ

霧の蕃社

中村 地平

「文学界」1939(昭和14)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,389 字 · 57 页

青空文庫

しかし、蕃情は――風景・気候のように温和では決してなかった。甚だ面白くないのである。内地人を見る蕃人の眼に、穏やかでない、嶮しいものがあることは、たまさかの視察者にもはっきりと看取される。安んじて生業についている風はどこにも見えないのである。

分署の一室に集合した部下の警察官一同に、知事はきびしい訓戒を与えざるを得なかった。

「よろしくいっそう蕃情に対して警戒を厳にするよう。しかも、蕃人に接するには、常に温情主義をもってし、徒らに彼らの反感を挑発することなきよう――」

知事は下山すると、直ちに部下に命じて、分署の警察官を更迭し、新に俊秀を入れた。また蕃人撫育の一方策として、台中在住の内地人官民の家庭に衣類の寄付を仰ぎ、これをトラックに積んで送った。

知事の努力にも拘らず、しかし、蕃情は少しも改善されるところが無かった。新しく更迭した分署主任佐塚愛祐がかえって蕃人の反感を挑発したばかりではなく、既に彼等の内地人もしくは文明に対する感情は行くべきところにまで行きついてしまっている。些々たる政治的技術によってはどうすることもできない最悪の事態に直面していたのである。