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きりのばんしゃ
霧の蕃社
中村 地平
「文学界」1939(昭和14)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,389 字 · 57 页
いるのである。
この年。運動会の前奏ともいうべきこの学芸会で最も一同の喝采を博したのは、花岡一郎のオルガン弾奏であった。花岡一郎というのは、まだ若い蕃人の巡査である。幼い頃から聡明で、勇気があり、霧社に住む内地人一同に深く可愛がられていた。早くから内地名も貰っていた。公学校を終ると、台中師範に学び、その頃は巡査の資格で、蕃童の教育に携っていたのである。
花岡がオルガンをひき終った時、人々はようやく感嘆のため息から放たれて、はげしい拍手を送った。声に出して讃辞を送った者も少くなかった。ただしかし、当の一郎だけは、なにか心に鬱屈するところがあるらしく、憂愁に充ちた顔つきをしていた。それは驚くほど深刻な顔つきであった。心の浮きたっている人々は、けれどその暗い表情の蔭に大きな苦悩が隠されていることに気がつく筈がなかったのは勿論である。
いよいよ運動会の当日、この日は霧の多いこの高台も、珍しいほどに晴れわたっていた。澄んだ山の陽ざしは赭土色のグラウンドいっぱいに溢れきっており、それはそのままの明るさで、そこに集ってきている子供や、その家族たちやの胸のなかに射しこんできた。