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きりのばんしゃ
霧の蕃社
中村 地平
「文学界」1939(昭和14)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,389 字 · 57 页
それから楠の太い幹の蔭になった柔かい雑草の上に従者六名とともに円座をつくって坐った。一同はそこで鶏と米とを肴に、酒を汲みかわした。死の前の酒宴は二時間余りもつづいた。最後にタダオモウナオは円座の中央に進み出で、自分より先に死んでしまった妻と長子との名を呼び、即興の詩を高らかに賦して、舞をまった。
最愛の妻ワリスパパンよ
酒をつくってまっておれ
間もなく自分も汝のもとへ行く
最愛の息子ワリスタダオよ
酒を汲んでまっておれ
間もなく自分も汝のもとへ行く
翌々十日、討伐隊では再び妹を山林に派して、兄の様子を見させた。その時既にタダオモウナオは従者とともに縊死を遂げていた。
タダオモウナオの自尽を最後として、蕃人の騒ぎは一応はかたづいた。討伐隊は辺り一帯の岩窟や、森林など、全区域にわたって捜索し、冬も深い十二月十日ようやく下山することができた。闘いの跡を点検するために知事水越幸一もまた隊の先頭にたって全山を探索したが、深林のなかの蕃婦や子供らの縊死体を眺めた時、思わず悲哀な感動に打たれた。
彼らの大部分は死出を飾るために殆んどすべて内地人の着物を着ていたが、それらは撫育するために水越知事自身がすぐ前、同じ年の春トラックに積んで贈ったものだったからである。