轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
せいしゅんろん
青春論
「文学界 第九巻第十一号、第十二号」1942(昭和17)年11月1日、12月1日発行
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,657 字 · 69 页
後悔せず、という、常に「事」というものをハッキリ認識しているのとは話が余程違うのだ。尤も、我事に於て後悔せず、という、こういう言葉を編みださずにいられなかった宮本武蔵は常にどれくらい後悔した奴やら、この言葉の裏には武蔵の後悔が呪のように聴えてもいる。
僕は自分の愚かさを決して誇ろうとは思わないが、そこに僕の生命が燃焼し、そこに縋って僕がこうして生きている以上、愛惜なくして生きられぬ。僕の青春に「失われた美しさ」がなく、「永遠に失われざるための愚かさ」があるのみにしても、僕も亦、僕の青春を語らずにはいられない。即ち、僕の青春論は同時に淪落論でもあるという、そのことは読んでいただけば分るであろう。
二 淪落に就て
日本人は小役人根性が旺盛で、官僚的な権力を持たせると忽ち威張り返ってやりきれぬ。というのは近頃八百屋だの魚屋で経験ずみのことで、万人等しく認めるところだけれども、八百屋や魚屋に縁のない僕も、別のところで甚だ之を痛感している。
電車の中へ子供づれの親父やおふくろが乗込んでくる。或いはお婆さんを連れた青年が這入ってくる。誰かしら子供やお婆さんに席を譲る。