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おんがくかいのめいしん

音楽と生活 兼常清佐随筆集

兼常 清佐

兼常清佐『音楽と生活 兼常清佐随筆集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:音楽界の迷信、勝太郎、久野女史をいたむ、ニッポン音楽、流行唄、レコード蒐集。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,475 字 · 61 页

青空文庫

音楽界の迷信

1 迷信

音楽の世界は暗黒世界である。いろいろな迷信が縦横にのさばり歩いている。

私はピアノを例に取る。私は楽器のうちで一番ピアノを愛する。私のこの愛するピアノを今しばらく例に取って見る。

批評家はほとんど例外なしに言う。――パデレウスキーやコルトーのような大家の弾くピアノの音は非常に美しい。彼らのタッチは実に巧妙である。この美しい音は全く彼らのタッチから来たものである。彼らの鍛錬を重ねた指の技巧をもってしてこそ、はじめてこの美しいピアノの音が出る。普通の人々がそのタッチをまねて見ようと言っても、それは全然出来ない事である。この美しいタッチの技巧こそ、彼ら世界の大演奏家の生命である。そしてこのような名人の美しいタッチの音を楽しむ事こそ、高級な音楽の鑑賞である。――

これが迷信である。常識で考えて見ても、そんな怪しげな事があり得ようはずがない。ピアノさえ一定すれば、パデレウスキーが叩いても、私がこの万年筆の軸で押しても、同じ音が出るにきまっている。名人のタッチなどというようなわけのわからないものがピアノの上に存在しようとは本気では考えられない。