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すまでらふきん
須磨寺附近
山本 周五郎
「文藝春秋」1926(大正15)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,396 字 · 21 页
天王寺の裏町の暗い汚れた、道の上に残っている薄明を十一月の寒い雨が濡らしていた。
汽車はちょうど退けどきでひじょうな雑踏だった、清三は混雑している車室の隅にじっと身を竦めて立っていた、どれもこれも皆知らぬ顔ばかりである、皆親しみのない表情をして、耳障りな発音で野卑な方言を吐き散らしている、清三はまるで別な世界へ抛り出されたような、重い淋しい郷愁を感じた、旅にいるという寒い頼りなさが、ひしひしと胸を緊めつけるようだった、この頼りなさ、淋しさは長いあいだ清三の胸の中で荒れ回っていたが、不意にそれが康子の愛に排け口を発見して、強い勢いでそっちに流れ出した、清三は初めて、康子の俤を恋しいという言葉で貪るように心の壁に描きつけた。
ずきずきと痛む頭を抱えて清三が家の門を潜ったとき、いつもかならず開かねばならぬ玄関の障子が動かない、物足らぬ心で書生部屋へ上ると、茶の間の襖が開いて、青木が首を出した。
「何だ、今日は晩くなるって云ったそうじゃないか」
青木はすぐ見ていた新聞に眼を戻した。清三は朝康子にそう云いおいたことを想い出した。
「頭痛がしてね。あの人は?」
「嫂かい、ちょっと兄貴の上役の家へね、兄貴から電報がきたもんだから」