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かぜはささやく
風はささやく
小川 未明
「人民戦線」1946(昭和21)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,961 字 · 8 页
メーデーの日でした。丘の上の新緑が、風に吹かれて、さんさんとした、日の光の中で躍っていました。見わたすと、乳色の雲が、ちょうど牧人の、羊の群れを追うように、町を見おろしながら、飛んでいくのでした。風は、彼の耳もとへ、
「明日は、いいことがある。」と、いつものように、希望をささやきました。
彼は、友だちと腕を組み、調子をそろえて、労働歌をうたった。その声の響く間は、美しい数々の幻想が浮かびました。
たとえば、百貨店にあるような、赤、青、緑の冷たく透きとおるさらや、コップなどを製造するガラス工場の光景とか、忽然それが消えると、こんどは、高い煙突から黒い煙が流れ、また幾本となく起重機のそびえたつ、大きな鉄工場が現れるのでした。そして、歌がやむとともに、それらの形と影もどこへか没してしまいました。彼が、またハーモニカで、インターナショナルをうたったときには、洋々たる海原が前面へ盛り上がりました。そして、汽船の過ぎた後には、しばらく白浪があわだち、それも静まると、海草がなよなよと、緑色の旗のごとくなごやかにゆれるのでありました。
彼の青年時代は、夢も多かったかわりに、また、反面あまりに醜かった現実のために、焦燥と苦悶をきわめたのです。