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ふうちそう

風知草

宮本 百合子

「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页

青空文庫

十四日の朝、二人がやっと口をきけるようになったとき、重吉はひろ子に、

「どうだろう」

と相談した。

「みんなに一応挨拶した方がいいだろう?」

その一つの家に、焼け出された知人の一家をはじめ三家族が暮していた。その知人と、裏の美術家が、十三日の夜十二時頃まで上野駅の出口の改札に立って、もしか重吉が来るかと待っていたひろ子の道づれをしてくれたりした。

「それは、その方がいいわ」

「紹介しておくれ」

玄関わきの客室に、知人一家は暮している。ひろ子は、そこへ行って、

「昨晩はありがとうございました」

と云った。

「あんなにしてわざわざ来て頂いたりしたときには来なくて、わたしが待ちくたびれて腰ぬけになったら、かえって。――石田です」

うしろに立っていた重吉を紹介した。重吉は、まだ帰って来た時のままのなりで、嵩だかにそこの畳へ手をついて挨拶をした。

「石田です。――どうも永い留守の間はいろいろお世話様になりました」

それは決して、ただ時間の上で永い留守をしていたという挨拶ではなかった。二度と還ることはなかったかもしれなかった者、生活の外におかれていたものが、今帰った、良人として妻のところへ、社会生活のごたごたの中へ戻って来た、その挨拶であった。