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ふうちそう
風知草
宮本 百合子
「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页
左手は、色づきはじめた灌木におおわれた浅い谷間になっていた。
ひろ子の歩きつきに、何となしおとなしいような懇ろなような様子があるのは、下駄がわれかかっているからばかりではなかった。歩いているその道が、よその道路を通る事務的なこころもちとはちがった気持をひろ子にもたせていた。その気持は、ずっと昔、小石川のある道をあるくとき、ひろ子の気分に湧いたものと何処やら似ていた。その道に重吉が住んでいた。ひた向きにその一点しか目ざしていないのに、外からはどこへゆくか一応分らないようにして歩いている。おもしろいその気持に似たところがあり、しかも、この道の上では、おのずとべつのはにかみもあった。その秋、自立会への道と云えば、普通の田舎道ではなかった。自立会を十月十日に解放された共産党員たちの住んでいるところと知っているほどの人々は、そこへゆく道、その道を行き交う人の通りに特別な思いをはらった。配給所へゆくのと同じ心でそこを通る人はなかった。よかれあしかれ、自分の生活と関係のある新しい動力の発源地をそこに感じ、そこの様子を知ろうとして、淋しいガード下から曲って丘をめぐるその一本道へ出た。