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ふうちそう
風知草
宮本 百合子
「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页
太平洋戦争がはじまる前まで、新交響楽団の定期演奏会は前売切符を会員に送った。その時分にひろ子もよくききにゆき、山沼というその青年も、大抵ききに来ていた。音楽をきいた帰りに、お茶をのみに歩いたりしても、山沼は、或る種の若い人のするような話しぶりをせず、いつも落付いた科学者であった。山沼に会ったのは古くて、ひろ子の友達の長男と同級のよしみで、落ちあったのが縁であった。こういう青年も、今はこの場所に来ている。しかも、受付にかたまって、若い人々の中にいたときの空気でみれば、山沼はおそらく、ひろ子などよりはるかにここに近く暮しはじめている様子だった。
「何年ぶりでしょう。――お元気でいいわね」
「石田さん、体どうですか」
山沼は、やはり、もとの通りやさしく、しかし必要なことしか云わなかった。
「じゃあ、また」
「お元気で。よろしく」
ひろ子は、待っていた牧子と一緒になった。純吉は、暗いし眠いし歩けなくなって、牧子におんぶされている。
「失礼ですがあの方、よく御存じですか?」
しめりはじめた草むらが匂う道を歩きながら牧子がきいた。
「よくって云えるかどうかしらないけれど――なあぜ?」