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ふうちそう

風知草

宮本 百合子

「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页

青空文庫

そして、父のデスクのわきに案内された。事務所は、どこもアラビア糊のような匂いがした。ひろ子は父にことわり、その許しが出ないと、半地下室で青写真が水槽に浮いている素晴らしいみものさえ、勝手に見にはゆかなかった。

日本ではじめての日の目を見るようになった赤旗編輯局のきたない壁も、古くさくてごたついた間どりも、埃くささも、ひろ子の心にとっては、昔父の事務所で感じたこころもちに似た思いを誘うのであった。ひろ子は、感動のあふれた、子供っぽい顔をして、廊下に立ったままでいた。

廊下のつき当りが、どこかへ曲っているらしく、そっちから不意に重吉が出て来た。ひろ子は、思わずよって行った。そして、

「きたないけれど――いいわ」

と云った。重吉は笑った。

「こっちへ来るといい」

つき当りのドアの中は、この建物全体と同じようにまだがらんとしていた。むき出しの床に、粗末な板テーブルと床几とが二列ほどに置かれていた。一方の床几に見知らない人が黒い外套の襟の上から、やせたボンノクボを見せてあちら向きにかけていた。つき当りの板テーブルに、重吉よりはおくれて宮城から出獄した仲間の一人がいた。