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かぜたちぬ
風立ちぬ
堀 辰雄
序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页
そうやってお互の心と心を温め合おうとでもするように、膝と膝とをぴったりとくっつけながら……
風立ちぬ
私達の乗った汽車が、何度となく山を攀じのぼったり、深い渓谷に沿って走ったり、又それから急に打ち展けた葡萄畑の多い台地を長いことかかって横切ったりしたのち、漸っと山岳地帯へと果てしのないような、執拗な登攀をつづけ出した頃には、空は一層低くなり、いままではただ一面に鎖ざしているように見えた真っ黒な雲が、いつの間にか離れ離れになって動き出し、それらが私達の目の上にまで圧しかぶさるようであった。空気もなんだか底冷えがしだした。上衣の襟を立てた私は、肩掛にすっかり体を埋めるようにして目をつぶっている節子の、疲れたと云うよりも、すこし興奮しているらしい顔を不安そうに見守っていた。彼女はときどきぼんやりと目をひらいて私の方を見た。はじめのうちは二人はその度毎に目と目で微笑みあったが、しまいにはただ不安そうに互を見合ったきり、すぐ二人とも目をそらせた。そうして彼女はまた目を閉じた。
「なんだか冷えてきたね。雪でも降るのかな」
「こんな四月になっても雪なんか降るの?」
「うん、この辺は降らないともかぎらないのだ」