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かぜたちぬ

風立ちぬ

堀 辰雄

序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页

青空文庫

サナトリウムの南に開いたバルコンからは、それらの傾いた村とその赭ちゃけた耕作地が一帯に見渡され、更にそれらを取り囲みながら果てしなく並み立っている松林の上に、よく晴れている日だったならば、南から西にかけて、南アルプスとその二三の支脈とが、いつも自分自身で湧き上らせた雲のなかに見え隠れしていた。

サナトリウムに着いた翌朝、自分の側室で私が目を醒ますと、小さな窓枠の中に、藍青色に晴れ切った空と、それからいくつもの真っ白い鶏冠のような山巓が、そこにまるで大気からひょっくり生れでもしたような思いがけなさで、殆んど目ながいに見られた。そして寝たままでは見られないバルコンや屋根の上に積った雪からは、急に春めいた日の光を浴びながら、絶えず水蒸気がたっているらしかった。

すこし寝過したくらいの私は、いそいで飛び起きて、隣りの病室へはいって行った。節子は、すでに目を醒ましていて、毛布にくるまりながら、ほてったような顔をしていた。

「お早う」私も同じように、顔がほてり出すのを感じながら、気軽そうに言った。「よく寝られた?」

「ええ」彼女は私にうなずいて見せた。「ゆうべ睡眠剤を飲んだの。