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かぜたちぬ

風立ちぬ

堀 辰雄

序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页

青空文庫

私はとうとう一番はずれの病棟にはいり、私達の病室のある二階へ通じる階段を昇ろうとして機械的に足を弛めた瞬間、その階段の一つ手前にある病室の中から、異様な、ついぞそんなのはまだ聞いたこともないような気味のわるい空咳が続けさまに洩れて来るのを耳にした。「おや、こんなところにも患者がいたのかなあ」と思いながら、私はそのドアについている No.17 という数字を、ただぼんやりと見つめた。

※(アステリズム、1-12-94)

こうして私達のすこし風変りな愛の生活が始まった。

節子は入院以来、安静を命じられて、ずっと寝ついたきりだった。そのために、気分の好いときはつとめて起きるようにしていた入院前の彼女に比べると、かえって病人らしく見えたが、別に病気そのものは悪化したとも思えなかった。医者達もまた直ぐ快癒する患者として彼女をいつも取り扱っているように見えた。「こうして病気を生捕りにしてしまうのだ」と院長などは冗談でも言うように言ったりした。

季節はその間に、いままで少し遅れ気味だったのを取り戻すように、急速に進み出していた。春と夏とが殆んど同時に押し寄せて来たかのようだった。