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かぜたちぬ

風立ちぬ

堀 辰雄

序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页

青空文庫

と言い足した。

「又、そんなことを!」

私はいかにも焦れったいように小さく叫んだ。

「御免なさい」彼女はそう短く答えながら私から顔をそむけた。

いましがたまでの何か自分にも訣の分らないような気分が私にはだんだん一種の苛ら立たしさに変り出したように見えた。私はそれからもう一度山の方へ目をやったが、その時は既にもうその風景の上に一瞬間生じていた異様な美しさは消え失せていた。

その晩、私が隣りの側室へ寝に行こうとした時、彼女は私を呼び止めた。

「さっきは御免なさいね」

「もういいんだよ」

「私ね、あのとき他のことを言おうとしていたんだけれど……つい、あんなことを言ってしまったの」

「じゃ、あのとき何を言おうとしたんだい?」

「……あなたはいつか自然なんぞが本当に美しいと思えるのは死んで行こうとする者の眼にだけだと仰しゃったことがあるでしょう。……私、あのときね、それを思い出したの。何んだかあのときの美しさがそんな風に思われて」そう言いながら、彼女は私の顔を何か訴えたいように見つめた。

その言葉に胸を衝かれでもしたように、私は思わず目を伏せた。そのとき、突然、私の頭の中を一つの思想がよぎった。