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かぜたちぬ

風立ちぬ

堀 辰雄

序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页

青空文庫

私はしばらく不安そうに耳を傾けていた。それがやっと鎮まったかと思うと、それとそっくりな沈黙のざわめきが、殆ど同時に、あっちの病棟にもこっちの病棟にも起り出した、そしてしまいには私達のすぐ下の方からも聞えて来た。

私は、今、サナトリウムの中を嵐のように暴れ廻っているものの何んであるかぐらいは知っていた。私はその間に何度も耳をそば立てては、さっきからあかりは消してあるものの、まだ同じように寝つかれずにいるらしい隣室の病人の様子を窺った。病人は寝返りさえ打たずに、じっとしているらしかった。私も息苦しいほどじっとしながら、そんな嵐がひとりでに衰えて来るのを待ち続けていた。

真夜中になってからやっとそれが衰え出すように見えたので、私は思わずほっとしながら少し微睡みかけたが、突然、隣室で病人がそれまで無理に抑えつけていたような神経的な咳を二つ三つ強くしたので、ふいと目を覚ました。そのまますぐその咳は止まったようだったが、私はどうも気になってならなかったので、そっと隣室にはいって行った。真っ暗な中に、病人は一人で怯えてでもいたように、大きく目を見ひらきながら、私の方を見ていた。