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かぜたちぬ
風立ちぬ
堀 辰雄
序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页
た。私はそれがあの第十七号室の附添看護婦であることを認めた。「ああ、あのいつも不快な咳ばかり聞いていた患者が死んだのかも知れないなあ」ふとそんなことを思いながら、雨に濡れたまま何んだか興奮したようになってまだ花を採っているその看護婦の姿を見つめているうちに、私は急に心臓がしめつけられるような気がしだした。
「やっぱり此処で一番重かったのはあいつだったのかな? が、あいつがとうとう死んでしまったとすると、こんどは? ……ああ、あんなことを院長が言ってくれなければよかったんだに……」
私はその看護婦が大きな花束を抱えたままバルコンの蔭に隠れてしまってからも、うつけたように窓硝子に顔をくっつけていた。
「何をそんなに見ていらっしゃるの?」ベッドから病人が私に問うた。
「こんな雨の中で、さっきから花を採っている看護婦が居るんだけれど、あれは誰だろうかしら?」
私はそう独り言のようにつぶやきながら、やっとその窓から離れた。
しかし、その日はとうとう一日中、私はなんだか病人の顔をまともに見られずに居た。何もかも見抜いていながら、わざと知らぬような様子をして、ときどき私の方をじっと病人が見ているような気さえされて、それが私を一層苦しめた。