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かぜたちぬ

風立ちぬ

堀 辰雄

序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页

青空文庫

……「男は自分達の愛を一層純粋なものにしようと試みて、病身の娘を誘うようにして山のサナトリウムにはいって行くが、死が彼等を脅かすようになると、男はこうして彼等が得ようとしている幸福は、果してそれが完全に得られたにしても彼等自身を満足させ得るものかどうかを、次第に疑うようになる。――が、娘はその死苦のうちに最後まで自分を誠実に介抱して呉れたことを男に感謝しながら、さも満足そうに死んで行く。そして男はそういう気高い死者に助けられながら、やっと自分達のささやかな幸福を信ずることが出来るようになる……」

そんな物語の結末がまるで其処に私を待ち伏せてでも居たかのように見えた。そして突然、そんな死に瀕した娘の影像が思いがけない烈しさで私を打った。私はあたかも夢から覚めたかのように何んともかとも言いようのない恐怖と羞恥とに襲われた。そしてそういう夢想を自分から振り払おうとでもするように、私は腰かけていたの裸根から荒々しく立ち上った。

太陽はすでに高く昇っていた。山や森や村や畑、――そうしたすべてのものは秋の穏かな日の中にいかにも安定したように浮んでいた。かなたに小さく見えるサナトリウムの建物の中でも、すべてのものは毎日の習慣を再び取り出しているのに違いなかった。