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かぜたちぬ

風立ちぬ

堀 辰雄

序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页

青空文庫

それから私は、半ば雪に埋もれたヴェランダに立って、周囲を眺めまわした。私達がいま上って来た谷陰は、そこから見下ろすと、いかにも恰好のよい小ぢんまりとした谷の一部分になっている。ああ、いましがた例の橇に乗って一人だけ先きに帰っていった、あの小さな弟の姿が、裸の木と木との間から見え隠れしている。その可哀らしい姿がとうとう下方の枯木林の中に消えてしまうまで見送りながら、一わたりその谷間を見畢った時分、どうやら小屋の中も片づいたらしいので、私ははじめてその中にはいって行った。壁まですっかり杉皮が張りつめられてあって、天井も何もない程の、思ったよりも粗末な作りだが、悪い感じではなかった。すぐ二階にも上って見たが、寝台から椅子と何から何まで二人分ある。丁度お前と私とのためのように。――そう云えば、本当にこう云ったような山小屋で、お前と差し向いの寂しさで暮らすことを、昔の私はどんなに夢見ていたことか!……

夕方、食事の支度が出来ると、私はそのまますぐ村の娘を帰らせた。それから私は一人で煖炉の傍に大きな卓子を引き寄せて、その上で書きものから食事一切をすることに極めた。