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しょくよく
食慾
豊島 与志雄
「中央公論」1935(昭和10)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,672 字 · 20 页
そして息苦しくなるばかりでした。けれど、例えば……こんな言葉を使ってよいかどうか分りませんが……例えば、木村さんの側では、私はそんな圧迫を感じないばかりか、却って楽に息が出来、気持が晴ればれとして、頭の中まではっきりしてくるようでした。木村さんについては、野口は変なことを言ったことがあります。「木村君は、なるほど、才能もあるし、明敏だし、好男子でもあるし、立派な人物かも知れないが、然し、あの香水の匂い……三十男の独身者の香水の匂い、あれだけはいけない……。」その本当の意味が、私にははっきり分りませんでした。というのは、私がぼんやり感じますところでは、男の人で三十年配の独身者は、大抵、何かしらひどく男臭いもので、それを消すために多少香水を使ったとて、いけないわけはありませんでしょう。或はまた、三十三までも独身でいるのがいけないというのなら、猶更おかしなことでしょう。それにまた、木村さんとしては、過去に失恋されたこともありますし、三十三まで独身でいられても不思議ではありません。また、三十三で独身でいても、ちっとも男臭くなるような人ではありませんから、香水なんかも、他意あって使っていらるるのではないんでしょう。