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ぐるめにおくる

食魔に贈る

岡本 かの子

「中央公論」1932(昭和7)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,619 字 · 20 页

青空文庫

一つの器械と一つの庖丁人は急に活きて来た。家鴨は薄刃の庖丁で皮を剥がれ薄く同じ厚さに肉を切られた。庖丁人のメカニカルな技倆の冴えこそ見ものだ。残骸はスロウンソースと共に器械で血を絞られる。皿鍋にこの血の汁を移し家鴨の薄身をいれて掻き廻しながら煮詰めると汁は肉の周囲にチョコレート色に淡く固まる。この一皿と家鴨の股の肉にサラダをあしらった一皿を組ましたものが、この店の名物「家鴨のブレッセ」である。柔かい粘質性の美味だ。

この店の由緒には巴里人が始めてそこでフォークを使ったヘンリー三世時代の驚きが飾りとなっている。それまではエレガントな巴里人が指で食物を掴んだ。

この店のマダムは最近まで名料理キャフェ・アングレの持主の娘であったがアングレの主人が死んだのでアングレは閉店してそこの有名な酒倉の蒐集がそっくり娘の店に譲られた。

ツール・ダルジャンの酒倉は世界の食通の一度は見学すべき博物館になっている。そこの狭い石段から眺めるシャトウ・モウトン・ロスチルドと名づけられた一八六九年のボルドウ酒やロマネー・コンチという一八七〇年のブルガンディ酒やはその名前の罎を見るだけでフランス人の飲食物に対する執拗な愛慾を観察するに役立つ。