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ぐるめにおくる

食魔に贈る

岡本 かの子

「中央公論」1932(昭和7)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,619 字 · 20 页

青空文庫

年が経つに従って彼の息子を憶う情が切なくなった。ブレターニュの景色も老翁を慰めなかった。老翁は矢張り料理するのが宜いと思い極めた。あの息子のマルセルに食わすつもりで料理を工風するがいいと思い極めた。マルセルは食通では無かった。生きている時には父のこしらえた一等料理もそこらのレストランの料理も見境なく食った。父は息子の舌には苦笑していた。

併しそれが何だ。俺はやっぱり息子に、俺の腕でこしらえた一等料理を食わせたいのだ。死んでいようと、一度は俺の料理の味をほんとうに息子に知らせてやりたいのが俺の願いだ。俺は料理をする、料理の力で息子を俺の眼の前に呼び返して見せる。

彼はむしろ生死を界する天地の法則に怒りを含んで再び老の手に庖丁を取り上げた。ルンヌスの田舎街に新らしい小さな料理場が出来た。

ニニヨンは若いとき露西亜の貴族の料理頭を勤めた。欧洲の宮廷料理の粋はその時代を最後としてそこで滅びた。彼は滅亡の中からいま店の名物となって居る dortsch というスープと「スウヴァロフの鶉」という二いろ料理を持ち出した。彼はその後あらゆる名料理店の料理頭をも勤めた。