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かみのけ

髪の毛

佐々木 邦

「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1926(大正15)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,242 字 · 13 页

青空文庫

或朝、井口君は出勤の支度にかゝった時、ズボンが見当らなかったので、白シャツのまゝ、

「おい/\」

と細君を呼んだ。

「はあ」

「ズボン/\」

「あら、私、忘れていました」

と細君の文子さんは次の間からズボンを提げて来て、

「ポケットに穴が明いていましたから、繕って置きましたの」

と弁解しながら差出した。

「然う/\。右の方だったね」

と井口君は、こんなことに一々お礼を言う時期はもう過ぎていた。寧ろ有るべきところになかったのが不足で、叱言が口元まで出ていたが、相当の理由があったから思い止まったのだった。しかし同時に少し考えさせられた。

「何をそんなに考えていなさるの?」

「何うしてお前がズボンの穴を発見したのかと思ってさ」

「オホヽヽヽ」

と細君は勝ち誇った。

「何が可笑しい?」

「でも今頃漸くお気づきになるんですもの」

「それじゃチョク/\やっていたのかい? 道理で時々勘定が合わないと思ったよ」

と井口君は態と誤解して、冗談にしようと努めた。

「あら、私、何ぼ何でも取りはしませんわ。唯中身を検査して見る丈けよ」

「驚いたね。いつからだい?」

「それ御覧なさい。お顔色が変ったじゃありませんか?」