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まぞう

魔像

林 不忘

新版大岡政談

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 131,494 字 · 260 页

青空文庫

七月のことで。

長庵はかく低声に唄いながら、その、夕方になっても未だ灯もつけない、空家同然のおのが住居の中を、珍しそうに見廻している。

麹町平河町一丁目。町医長庵が家。

打ち水、蚊やり……と世間さまは暑熱と闘うに忙しいのだが、この長庵の宅と来たら、これはまた恐ろしく涼しい限りで、家具と名のつくものは愚か、医者の道具らしい物も何一つもなく、まことにサッパリと夏向きである。おまけに、本人の長庵はこの通り丸裸で、それでも、坊主頭に頭巾だけは被ったままで、六尺ひとつ、壁に凭り掛って、先刻からモゴモゴ何か言っている。

柄になく、思い出に耽っているところ……どうもお金がなくなると思い出にふけるのが、この長庵先生の習癖のようで。

大岡越前守忠相様が、南のお町奉行を二十年御勤役になった。その間に、八裂きに致してもなお慊らざる奴は、麹町平河町の村井長庵であると仰せられた。穏当人の忠相をして、こんな激しい言葉を吐かせる位だから、よほどの悪人だ。張扇が高座から叩き出したところによると、この長庵、駿州江尻在、大平村、松平靱負様御領分の百姓長左衛門という者の伜で、性来不良性を帯びていた。