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ぎょげんき
魚玄機
「中央公論」1915(大正4)年7月
N1 · 挑战 · 新字新假名 · 9,866 字 · 20 页
この女は詩を善くした。詩が唐の代に最も隆盛であったことは言を待たない。隴西の李白、襄陽の杜甫が出て、天下の能事を尽した後に太原の白居易が踵いで起って、古今の人情を曲尽し、長恨歌や琵琶行は戸ごとに誦んぜられた。白居易の亡くなった宣宗の大中元年に、玄機はまだ五歳の女児であったが、ひどく怜悧で、白居易は勿論、それと名を斉ゅうしていた元微之の詩をも、多く暗記して、その数は古今体を通じて数十篇に及んでいた。十三歳の時玄機は始て七言絶句を作った。それから十五歳の時には、もう魚家の少女の詩と云うものが好事者の間に写し伝えられることがあったのである。
そう云う美しい女詩人が人を殺して獄に下ったのだから、当時世間の視聴を聳動したのも無理はない。
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魚玄機の生れた家は、長安の大道から横に曲がって行く小さい街にあった。所謂狭邪の地でどの家にも歌女を養っている。魚家もその倡家の一つである。玄機が詩を学びたいと言い出した時、両親が快く諾して、隣街の窮措大を家に招いて、平仄や押韻の法を教えさせたのは、他日この子を揺金樹にしようと云う願があったからである。