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きりん
麒麟
谷崎 潤一郎
「新思潮 第四号」1910(明治43)年12月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,040 字 · 18 页
「天にも地にも、うらゝかな光が泉のように流れて居るのに、何故私の国の民家では美しい花の色も見えず、快い鳥の声も聞えないのであろう。」
こう云って、公は不審の眉を顰めた。
「それは此の国の人民が、わが公の仁徳と、わが夫人の美容とを讃えるあまり、美しい花とあれば、悉く献上して宮殿の園生の牆に移し植え、国中の小鳥までが、一羽も残らず花の香を慕うて、園生のめぐりに集る為めでございます。」
と、君側に控えた宦者の雍渠が答えた。すると其の時、さびれた街の静かさを破って、霊台の下を過ぎる孔子の車の玉鑾が珊珊と鳴った。
「あの車に乗って通る者は誰であろう。あの男の額は尭に似て居る。あの男の目は舜に似て居る。あの男の項は皐陶に似て居る。肩は子産に類し、腰から下が禹に及ばぬこと三寸ばかりである。」
と、これも側に伺候して居た将軍の王孫賈が、驚きの眼を見張った。
「しかし、まあ彼の男は、何と云う悲しい顔をして居るのだろう。将軍、卿は物識だから、彼の男が何処から来たか、妾に教えてくれたがよい。」
こう云って、南子夫人は将軍を顧み、走り行く車の影を指した。
「私は若き頃、諸国を遍歴しましたが、周の史官を務めて居た老と云う男の他には、まだ彼れ程立派な相貌の男を見たことがありませぬ。