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むぎのめ

麦の芽

徳永 直

「中外日報」1930(昭和5)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,532 字 · 10 页

青空文庫

――ホイ、こいつぁ俺がわるかった――善ニョムさんは、首まで肥料がかぶさってしまうと、一々、肥料で黄色くなった掌で、麦の芽を掻き起してやりながら麦の芽にあやまった。

善ニョムさんは、老人のわりに不信心家だが、作物に対しては誰よりも熱心な信心家だった。雲が破けて、陽光が畑いちめんに落ちると、麦の芽は輝き躍って、善ニョムさんの頬冠りは、そのうちにまったく融けこんでしまった。

それだから、ちょうどそのとき、一匹の大きなセッター種の綺麗な毛並の犬が、榛の木の並樹の土堤を、一散に走ってくるのを知らなかった。

「チロルや、チロル、チロルってば……」

くさりを切らした洋装の娘が断髪を風に吹きなびかして、その犬のあとを追いかけて同じく榛の木の土堤上に現われたのも善ニョムさんは、わからなかった。

赤白マダラの犬は、主人の呼声を知らぬふりで飛び跳ねながら、並樹土堤から、今度は一散に麦畑の中へ飛び込んで来た。麦の芽は犬に踏みにじられて無惨に、おしひしゃがれ、首を折って跳ねちらかされた。

そんとき、善ニョムさんは、気がついてびっくりした。

「こ、こん畜生め!」

いきなり、しゃがんで土塊を掴んで投げつけたが、土塊は風の中で粉になってしまった。