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たそがれ

黄昏

宮本 百合子

「婦人画報」1922(大正11)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,500 字 · 29 页

青空文庫

元はどんな人だったか知らないけれども、先に会った時なんか、ちっとも悪そうな人には見えなかったわ」

娘の言葉は、おくめの心に、何ともいえず、なごやかな思いを萌え立たせた。

「それは、悪いというのではないがね。――」

おくめは「それで、今はどこにいるのだえ、何をしているの?」という本能的な質問を、危く口許で呑み込んだ。

のぶ子も、老境に入り、自分等を懐しそうに近づこうとする父に就て、種々話したいこともあるらしかった。が、母の心持を測り兼ね、遠慮をして彼女は、多くを話さなかった。

お互が苦労をし、それぞれ心持も変ったらしい今、二人が会ったら、どんな心持がするだろう。会わせて見たいという心持が、のぶ子の心に、強く湧起っていたのである。

二人は、各々、言葉で表わせる以上の心持を抱きながら、黙って、賑やかな電車通りに出た。裏通りでは、夜中のように鎮まり返った往来もここではまだ宵らしく、風呂帰りの番頭や小僧が、声高に喋りながら通って行く。俥の鈴の音や、自動車の警笛が、並んで立っている彼女等の背後を遽しく掠める。――

お互の顔が、あからさまに見えるところに出ては、のぶ子も話の続きをし難く見えた。