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こくてん
黒点
豊島 与志雄
――或る青年の「回想記」の一節――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,665 字 · 62 页
私がもしお清に対して全然性的無関心でいたら、ああまで深く父の眼付が私の心に刻みこまれはしなかったろう。
私はただ胸をどきつかせてばかりいた。漠然とした不安と恐れとに押っ被されて、出来るだけ身を隠しながら見てるより外に仕方がなかった。
お三代はひどく低能だった。その代りひどくおとなしかった。そして皆から無視されがちだった。お新は夜十二時過ぎでなければ帰って来なかった。それを母は眼をしょぼしょぼさせて待っていた。母は気性はあくまでも確かだったが、眼は益々悪くなっていった。いつも目脂をためてじめじめした眼付をしていた。夜は何も出来なかったけれど、昼間はせっせと内職の竹楊子を拵えていた。その惨めな仕事に時々、父のカンカンいう金槌の音が織りこまれた。が大抵は、父はもう酔っ払ってばかりいた。そして炬燵にねそべっていて、不意に飛び起きては眼をぎろぎろさしていた。
不幸なことは、お清につき纒ってる例の男が、益々執念深くなってゆくようだった。夜遅く父がむっくり起きるのを私は見たことがあった。ただ、父は初めほど戸締りを厳重にしなくなった。というよりも寧ろ、戸を開け放しておきたがってるかのようだった。