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そのきどをとおって
その木戸を通って
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《その木戸を通って(そのきどをとおって)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 22,448 字 · 44 頁
田原権右衛門の話は、予期したとおりあの娘のことであった。正四郎は事情をよく語り、家扶夫妻も望むので、二人に預けて世話をさせていると答えた。黙って、ふきげんに聞いていた田原は、廊下越しに庭のほうを眺めながら、無表情に云った。
「それがおまえの申し訳か」
「私は」と彼は云った、「事実を申上げているのです」
「噂はすっかり弘まっている、本宿のほうでも評判になっているそうだが、加島家へはどう挨拶するつもりだ」
「これはわたくしごとで、加島家とはなんの関係もありません、したがって、べつに挨拶をするとか弁明をする、などという筋合はないと思うのです」と彼は云った、「あの娘は自分の家も知らず、ゆく先も、自分の名さえも覚えていません」
「それはもう聞いた」
「雨に降りこめられた夕闇の辻堂の中で」と彼は口早に続けた、「その夜の泊りもわからず、途方にくれて泣きながら、おかあさまと呼んでいる姿をごらんになったら、貴方にも見ぬふりはできないことでしょう」
「加島家から苦情が来ている」田原はまた庭のほうを見た、「その娘がまったく縁もゆかりもないのなら、そんな者のために大切な縁談をこわすことはない、もういちど私が口をきくから、娘はすぐ家から出てゆかせるがいい」