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いせのまき

伊勢之巻

泉 鏡花

線上閱讀泉 鏡花《伊勢之巻(いせのまき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 17,617 字 · 35 頁

青空文庫

一

昔男と聞く時は、今も床しき道中姿。その物語に題は通えど、これは東の銭なしが、一年思いたつよしして、参宮を志し、霞とともに立出でて、いそじあまりを三河国、そのから衣、ささおりの、安弁当の鰯の名に、紫はありながら、杜若には似もつかぬ、三等の赤切符。さればお紺の婀娜も見ず、弥次郎兵衛が洒落もなき、初詣の思い出草。宿屋の硯を仮寝の床に、路の記の端に書き入れて、一寸御見に入れたりしを、正綴にした今度の新版、さあさあかわりました双六と、だませば小児衆も合点せず。伊勢は七度よいところ、いざ御案内者で客を招けば、おらあ熊野へも三度目じゃと、いわれてお供に早がわり、いそがしかりける世渡りなり。

明治三十八乙巳年十月吉日

鏡花

一

「はい、貴客もしお熱いのを、お一つ召上りませぬか、何ぞお食りなされて下さりまし。」

伊勢国古市から内宮へ、ここぞ相の山の此方に、灯の淋しい茶店。名物赤福餅の旗、如月のはじめ三日の夜嵐に、はたはたと軒を揺り、じりじりと油が減って、早や十二時に垂とするのに、客はまだ帰りそうにもしないから、その年紀頃といい、容子といい、今時の品の可い学生風、しかも口数を利かぬ青年なり、とても話対手にはなるまい、またしないであろうと、断念めていた婆々が、堪り兼ねてまず物優しく言葉をかけた。