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おもいだすことなど
思い出す事など
線上閱讀夏目 漱石《思い出す事など(おもいだすことなど)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 57,003 字 · 113 頁
舁かれて室を出るときは平であったが、階子段を降りる際には、台が傾いて、急に輿から落ちそうになった。玄関に来ると同宿の浴客が大勢並んで、左右から白い輿を目送していた。いずれも葬式の時のように静かに控えていた。余の寝台はその間を通り抜けて、雨の降る庇の外に担ぎ出された。外にも見物人はたくさんいた。やがて輿を竪に馬車の中に渡して、前後相対する席と席とで支えた。あらかじめ寸法を取って拵らえたので、輿はきっしりと旨く馬車の中に納った。馬は降る中を動き出した。余は寝ながら幌を打つ雨の音を聞いた。そうして、御者台と幌の間に見える窮屈な空間から、大きな岩や、松や、水の断片をありがたく拝した。竹藪の色、柿紅葉、芋の葉、槿垣、熟した稲の香、すべてを見るたびに、なるほど今はこんなものの有るべき季節であると、生れ返ったように憶い出しては嬉しがった。さらに進んでわが帰るべき所には、いかなる新らしい天地が、寝ぼけた古い記憶を蘇生せしむるために展開すべく待ち構えているだろうかと想像して独り楽しんだ。同時に昨日まで徊した藁蒲団も鶺鴒も秋草も鯉も小河もことごとく消えてしまった。