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おうぎの
扇野
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《扇野(おうぎの)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 頁
「来てごらんなさい、夜光虫よ」
浜は狭く、砂地よりも岩のほうが多かった。鳥羽湾を抱いた対岸がすぐ向うに黒く横たわり、人家の灯がちらちらとまたたいていた。南の軟風のために海は少し波立ち、ときたま汀へも寄せて来て小さく砕けた。その波の動きにつれて、波の形に青白く水が光るのである。月のない夜だったから、暗い海の上に明滅するその光りは、この世のものとは思えないほど妖しく美しく見えた。
「きれいだな」栄三郎は眼をみはった、「これが夜光虫というのか、初めてだよ」
おつるはとつぜん振返って彼にとびついた。両手を彼の頸に絡み、力いっぱい緊めつけ、伸びあがって、彼が除ける暇もなく彼の唇を吸い、それから(頸に両手を掛けたまま)彼をぐいぐいと汀のほうへ引寄せた。
「おどかすね」栄三郎は危なく踏止まった、「心中でもしようというのか」
おつるは全身で凭れかかり、荒い息をしながら彼の胸へ顔を押しつけた。
「これっきり逢うのはよしましょう」とおつるは云った、「いい思い出になるわ、ね、――これでお別れすれば、一生の思い出よ、一生にたった一度、ねえ、もういらっしゃらないで」
「それは」と栄三郎が云った、「おつるが世話になっている人のためにか」