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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《新書太閤記(しんしょたいこうき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 185,353 字 · 371 頁

青空文庫

旗は立っている、煙もうごいている。馬匹も嘶いていた。けれど藤吉郎はいなかった。

ゆうべの夜襲は、夜襲が目的ではなかったのである。城中へ逃げこむと見せて、藤吉郎を先に、殿軍の一隊は、風の如く、万死の中から活路を求めて、すでに、国境をめぐる山岳の彼方へ、

「死ぬな! 死ぬな!」

と、ばかり、今朝あたりは、朝陽を仰ぐ遑もなく、逃げに逃げぬいている頃だった。

毛屋七左衛門ともある猛将とその士卒は、もちろん唖然としたままで、彼を見送ってはいなかった。

「手配を」

「追い討ちをッ」

と、すぐ諸方へ伝令を飛ばしながら、木下勢を追いかけた。

藤吉郎以下の者は、三国山脈の深くへ退路をとり、一夜中、飲まず喰わずの退却をつづけていたが、

「虎口はまだ脱したとはいえないぞ。弛むな、居眠るな、渇を考えるな。――ただ生きよう生きようという大慾を出せ」

と、誡めながらなおも歩きつづけていた。

案のじょう毛屋勢は追いついて来た。敵の喊声をうしろに聞くと、藤吉郎は、

「あわてなくともよい」

初めて、少しの間の休息を号令し、そしてまた、士卒へ告げた。

「ばかな敵だ。高地にあるわれわれへ、谷間から鬨をあげて、登ってきた。