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きゅうぶんにほんばし
旧聞日本橋
長谷川 時雨
線上閱讀長谷川 時雨《旧聞日本橋(きゅうぶんにほんばし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 158,045 字 · 322 頁
旧聞日本橋
角の荒物屋が佐野吾八さんの代にならないずっと前――私たちまだ宇宙にブヨブヨ魂が漂っていた時代――そこは八人芸の○○斎という名人がいたのだそうで、上げ板を叩いて「番頭さん熱いよ」とうめ湯をたのんだり、小唄をうたったりすると、どうしても洗湯の隣りに住んでる気がしたり、赤児が生れる泣声に驚かされたりしたと祖母がはなしてくれた。
この祖母が、八十八の春、死ぬ三日ばかり前まで、日髪日風呂だった。そういうと大変おしゃれに聞えるが、年寄のいるあわれっぽさや汚ならしさがすこしもなく、おかげで家のなかはすがやかだった、痩せてはいたが色白な、背の高い女で、黒じゅすの細い帯を前帯に結んでいた、小さいおちょこで二ツお酒をのんで、田所町の和田平か、小伝馬町三丁目の大和田の鰻の中串を二ツ食べるのがお定りだった。
祖母のお化粧部屋は蔵の二階だった。階下は美しい座敷になっていたが、二階は庭の方の窓によせて畳一畳の明りとりの格子がとってあり、大長持やたんすその他の小引出しのあるもので天井まで一ぱいだった。中央の畳に緋毛氈を敷き、古風な金の丸鏡の鏡台が据てあった。
三階の棟柱には、彼女の夫の若かった時の手跡で、安政三年長谷川卯兵衛建之――と美事な墨色を残している。