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えどのかじゅつ
江戸の火術
野村 胡堂
線上閱讀野村 胡堂《江戸の火術(えどのかじゅつ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 17,929 字 · 36 頁
を敵の手に奪い取られたことは、井上半十郎泣いても泣き切れないほどの心持だったでしょう。
道芝の露を踏んで、心ばかりは先に立ちますが、何処まで行ってもお静らしい姿も繁代らしい姿も見えません。
「二十四五――武家風に見える旅の女は通らなかったであろうか」
半十郎は見行く度に、幾度も幾度も訊ねました。
「あ、あの綺麗な女でしょう、――それならほんの十丁ばかり先へ行きましたよ」
誰でもそう言ってくれますが、不思議なことに、どんなに足を速めても、追付く様子は無かったのです。
日が高くなり、飢と疲れが少しずつ加わるにつれて、井上半十郎の焦燥は次第に濃くなりました。自分は間違いもなく「井上流砲術秘巻」を追って居るには相違ありませんが、心の中を占めているものは、あの、雁皮に書いて鳥の子で裏打ちし、金襴で装幀した砲術の巻物ではなくて、半面の赤痣を洗い落したお静――いや五年前、許婚という空しい名を解消する折もなく別れた繁代の、世にも気高く美しい姿だったのです。
あの繁代――少し生真面目で打ち解け難く見えた五年前の繁代が、あんなに物柔かに、世慣れて、艶めかしく、仇っぽくさえなったことは、何んと言う口惜しい、が、頼もしい変化だったでしょう。