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どろぼうとわかとの

泥棒と若殿

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《泥棒と若殿(どろぼうとわかとの)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 20,601 字 · 41 頁

青空文庫

伝九郎はもどかしそうに舌打ちをした。

「思いきってへえりあいいじゃねえかなあ、こっちは手出しはしねえんだ、見ていて笑ってやろうってだけなんだ、八方あけっ放しで待ってるんだ、よっぽどの臆病者にちげえねえ」

彼がいくら不平を云っても、やっぱり泥棒のはいるようすはなかった。――するとある日、伝九郎がその話をしてから七日ほど経っていたが、曇り日のむしむしする午後、成信が小書院で横になって本をみていると、まえ庭のほうで「若殿、若殿――」という声がした。成信は頭だけそっちへ向けて、誰だ、と、もの憂げに答えた。

「平馬でございます、鮫島平馬でございます」

成信はだるそうに本を投げた。鮫島平馬、ああ江戸の中屋敷にいた男か、そう思ったが、起きてゆく気持にはなれなかった。

「――なんだ、おれになにか用か」

「急ぎますので、要点だけ申しあげます、大殿には御他界にございます、御承知でいらっしゃいますか」

「――知らない、初めて聞いた」

五月十日に逝去したと云うのを聞きながら、成信は眼をつむって、口のなかでそっと、「父上」と呟いた。平馬はさらに、梶田重右衛門が家老に就任し、滝沢図書助が待命になったこと、つまり情勢が大きく変化し始めたことを述べた。