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せいとしとのきろく
生と死との記録
豊島 与志雄
線上閱讀豊島 与志雄《生と死との記録(せいとしとのきろく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 18,961 字 · 39 頁
芳子は若い衆の方の俥に乗った。そして黙って私の前に頭を下げた。
私は外に立って、右と左とへ別れて馳せ去ってゆく二台の俥を見送った。それから玄関の扉をしめた。病室に帰ると看護婦に玄関の締りをして来て貰った。
私は一人で堯の枕頭に坐った。それからじっと眼をつぶった。
芳子の方のことは心配はなかった。前からすっかりは仕度調っていた。家にはS子さんと常とが居た。Iさんもいつも私の家から呼びに行くのを待っていてくれた。丁度さし迫った用向も他に無いそうであった。それから、産が予定よりも二十日近くも後れていたが、心配なことはないとIさんは云った。Iさんはしっかりした手腕と頭とを持っていた。また難産の時には、すぐにS病院の院長に来て貰うように前から話がしてあった。
それでも私の心は家の方へ飛んで行った。そして私は頭でじっと堯を見ていた。それが自分乍ら痛々しかった。「なんだこれ位のことに!」と私は云った。そして堯の額に唇をつけた。涙が初めて湧いて来た。涙と共に私は力強くなった。「芳子は自分の半分じゃないか。自分自身の半分のことを心配することはない。」私はそう自ら云った。